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水戸地方裁判所 昭和43年(わ)305号 判決

被告人 宮本武雄

大八・一〇・一生 理容業

主文

被告人は無罪。

理由

本件公訴事実の要旨は、

「被告人は、昭和四三年七月七日施行の参議院議員通常選挙に際し、全国区から立候補した島村義雄の選挙運動者であるが、同候補者に当選を得しめる目的をもつて、別紙一覧表(略)記載のとおり、選挙運動期間中である同年六月一九日および同月二〇日ころ、茨城県那珂郡東海村大字村松四四七番地の五浜田ツヤ方ほか一三箇所において、同女ほか一三名に対し、自らガリ版印刷をした『菅谷部報』のなかに『参議院議員候補 島村義雄 環境衛生同業組合推せん』とすりこんだ選挙運動文書合計九六枚を、情を知らない須藤昇ほか二名を介して配達交付させ、もつて、法定外選挙運動文書を頒布したものである。」

とするものであつて、それらの所為は、公職選挙法違反の罪に当たり、同法第二四三条第三号、第一四二条第一項に該当する、というものである。

そこで、被告人の当公判廷における供述および第二回公判調書の中の供述記載(以下中略)を総合すると、被告人は、昭和四三年七月七日施行の参議院議員通常選挙に際し、その選挙運動期間中である同年六月一九日および同月二〇日ころ、別紙一覧表(略)記載のとおり、茨城県那珂郡東海村大字村松四四七番地の五浜田ツヤ方ほか一三箇所において、同女ほか一三名に対し、自らガリ版印刷をした「菅谷部報」のなかに「参議院議員候補 島村義雄 環境衛生同業組合推せん」(以下、「島村候補すいせん字句」と略称する)とすりこんだ文書合計九六枚を、須藤昇ほか二名を介して、配達交付したものであることが認められる。

ところで、右「菅谷部報」を見ると、同部報は、島村候補すいせん字句のほかに、(1)理容専修講習実施について、(2)ポスター掲示依頼について、(3)環衛公庫融資制度の改正要綱、(4)店舗立入検査実施についての各伝達・連絡事項があわせ掲載されたわら半紙半截の文書であつて、しかも、島村候補すいせん字句は、右各掲載記事のなかに、波状の区画線によつてわずか三行掲載されたものであり、その字句の大小および掲載方法等は、右のほか、他の掲載記事のそれとなんら異なつていないことが認められる。これら「菅谷部報」の外見・内容等から見ると、同部報は、主として、その被配付者に対し、伝達・連絡すべき事項を掲載したものであつて、そのなかに右のような島村候補すいせん字句があることをもつて、直ちに、それが、同候補者の当選を得しめる目的をもつて、その選挙運動のために使用する文書であると推知されうるものとはいえない。そこで、前記挙示の関係証拠に、組合員名簿添付の定款・規約、菅谷部規約各一部、菅谷部報一四部(昭和四三年押第一〇六号の二、三、四)を総合すると、茨城県理容環境衛生同業組合菅谷部は、同県那珂郡那珂町、同郡瓜連町、同郡東海村の各一円、勝田市の一部、水戸市の一部に居住する理容業の開設者およびその管理人であり、かつ、同組合の組合員であるものをもつて組織され、理容業に関する相談、指導、情報、資料の収集、提供その他を事業目的とし、その部員約九六名は右管内に散在しているため、その部長の地位にあつた被告人は、従前から、部員に対する伝達・連絡事項等は、自らガリ版印刷をする「菅谷部報」にこれを掲載して、部員に配付するなどの方法をとり、必要に応じ、不定期に、購読希望の有無を問わず、部員に対し、これを印刷・配付してきたものであることが認められる。そこで、さらに本件公訴にかかる「菅谷部報」が印刷・配付されるにいたつた経緯等を検討すると、前記挙示の関係証拠に、証人内藤近、同飯田哲次郎、同車孝民の当公判廷における各供述、車孝民の検察官に対する供述調書、全国理容環境衛生同業組合連合会第二五臨時総会議事録謄本、役員会会議録写を総合すると、島村義雄は、昭和四三年二月二九日開催された全国理容環境衛生同業組合連合会の第二五臨時総会において、同連合会から参議院議員候補者としてすいせんされ、その下部組織である茨城県理容環境衛生同業組合においても、同年五月一八日開催の総代会において、同様すいせん決議がなされ、ついで、同年六月一八日に開かれた同組合の役員会において、同組合の常任理事兼事務局長である車孝民から、出席役員に対し、右すいせん決議のあつたことおよびその旨下部組合員に対する伝達方の依頼をし、その際、当日の会議資料を含む関係資料を出席役員に配付した。被告人は、菅谷部の部長として、右役員会に出席し、午後は退席したが、その前に、右車孝民から、同様の依頼をされ、かつ、関係資料を受け取り、帰宅後、右役員会からの伝達事項等を「菅谷部報」に掲載・配付して菅谷部員にこれを周知させようと考え、同年六月一九日ころ、自宅において、右役員会からの配付資料等に基づき、同部員約九六名にあわせて約一〇〇部の本件公訴にかかる「菅谷部報」をガリ版印刷したが、その際、島村候補すいせんのことも同部員に伝達する必要があると考えて、その旨同候補すいせん字句をそう入掲載するにいたつたものであつて、その後、同部員一人に一部あて幹事を通じて配付してもらうため、その幹事の輩下部員数に相応する部数をとりまとめ、これを前記のように須藤昇ほか二名を介して、浜田ツヤほか一三名の各幹事もしくはその家族の者に配達交付したものであることが認められる。したがつて、「菅谷部報」に掲載された島村候補すいせん字句は、単に、被告人が菅谷部長として、その上部団体である茨城県理容環境衛生同業組合役員会からの伝達事項をその下部組織の菅谷部の部員に伝達するため、これを「菅谷部報」に掲載したものであつて、それ以上に、同候補者に当選を得しめる目的をもつて、同候補者の選挙運動のために使用する文書として作成したものであるとは、とうてい断じがたく、しかも、それが右選挙運動のために使用する文書であると推知しえないものであることは前記のとおりであるから、これがいわゆる法定外選挙運動文書に当たらないことはいうまでもない。また、ちなみに、被告人がこれを右選挙のために使用したことはもちろん、これがいわゆる脱法文書の頒布に当たることについても、その証明が十分でない。

よつて、本件公訴事実は、罪とならないから、刑事訴訟法第三三六条により、被告人に対し、無罪の言渡しをすることとし、主文のとおり判決する。

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